「お前らっ、猪西(いにし)のものか?!」
武之進を抱いたまま、後ろに当たる入口に向かい、誰何(すいか)する黒虎。
その身体の下で全身を震わせている武之進。
「ほほお……。このようなところで乳繰りおうておるのは、戌亥の仔と供のものか。なるほど、自らの最期を悟り、色に溺れることで恐怖を忘れようとしたか」
嘲るような猪獣人の声が響く。その下卑たような笑い声の重なりからして、10人ほどはたむろしているようであった。
(ここまでの接近に私が気付かぬとは、言われる通り、最期に色に溺れたか。いや、それをも分かった上で、武之進様とこのような契りを為そうとしたのだ。最期までその意志を貫き通すが、忍びの者にはあるまじき『忠義』の道か……)
内省はあれども、黒虎の声から気力が失われることは無い。
「お主らも名のある武士の者どもであろう。我らが主君は今、今生最後の精を放とうとされておる。せめてそれまで、その槍の、その刀を、下ろしてはくれぬか」
呼ばわる黒虎の声は、凜とした音声にて岩穴に響いた。
「槍を突き刺したりはしねえよ。初物の尻穴と来りゃ、突き刺すのはもっと別なモンだよなあ」
「ふん、鳥もちを使った罠か。おい、お前ら、竹を切って来い! 絡め取って、奥に進むぞ!」
一人の猪獣人の声に、たちまち賛同の声が周囲から上がる。予想はしていたこととはいえ、尊厳ある死すら選べない武之進の未来が、ここに確定した。
思い直したように、その腰をまた前後に動かし始める黒虎。
まさかの黒虎の行為に、驚く武之進。
「あっ、あっ、黒虎っ、な、何をっ?!」
「武之進様っ、きゃつらに捕まれば、何十人という者どもに、肉が裂け、血反吐吐くまで嬲られることでしょう。そこには武士としての名誉ある死すら選べない未来が待っております」
「ああっ、ああっ、そうだっ、黒虎っ、その通りだが、ああああっ」
黒虎の言葉をなんとか理解する武之進ではあるが、その行為を止めようとはせず、ここまで昂ぶった己の肉体の欲求が、虎獣人の力強い動きを受け入れてしまう。
「もはやここまでっ!
武之進様のお命、この黒虎の手で頂戴いたします。
せめて、せめて、あなた様のこの短き命が、悦楽の中で閉じられることを、最期にその目に映るのは、この老いた忍びの者であったことを、それだけを胸に、この黒虎、武之進様のお命を、頂戴いたしまするぞっ!」
分かっていたことであった。
武之進もまた、敵の声がその耳に届いた瞬間に、理解していたことであった。
それでも、それでも。
命の灯火をここまでとすることには、大きな決断が必要であった。
「ああっ、黒虎っ、イきそうだっ、イきそうなんだっ! せめて、最期はお前の手でっ、この私の命を、燃やし尽くしてくれっ!」
すべてを理解した上で、黒虎へと『願う』武之進の声は、悲壮でありつつもどこか歓喜の響きを伴っている。
悦楽と、恐怖と。
あるいは、そこからの解放と。
主君たる若武者と、仕える忍びの者、庭の者の意識が一致する。
「この黒虎っ、戌亥武之進様のっ、我が主君の最後の拝命承知っ! 私もすぐに同じところへと向かいましょうぞっ!!」
高らかに、大きく、天井に響き谺する、黒虎の声。
それに答えるは、武之進の若き雄叫び。
猪族の郎党は、とりもち縄の撤去に足を止められている。
「ああっ、黒虎っ、もうっ、もうっ、堪えきれぬっ! お前の逸物を感じながらっ、私は逝くぞっ! お前の手でっ、お前の逸物で、私の生と精をっ、すべてあの世へと送ってくれっ!!」
「承知っ!
戌亥武之進様っ、わたしはあなた様を、愛しておりましたっ!
武之進様っ! 御免仕るっ!!!!」
黒虎の苦無(くない)が、一気に武之進の左胸へと滑り込む。
肋骨を避け、見事に一刀でその命を奪う技は、武之進の苦痛を最大限避けようという、黒虎ならではの技量でもあった。
「あぐああああああっ、イくっ、黒虎っ、イくっ、逝くぞっ、イくっーーーー!!!!」
見事な、噴き上げであった。
事切れる刹那、強き噴水かのように打ち上がる武之進の精汁が、洞窟の天井にまで届く。
どくどくと脈動する噴き上げは次第に勢いを無くし、その若き肉棒は勃起した太さのまま、でろりと武之進の太股に横になった。
白濁した液体を撒ききった逸物から、じょろじょろと小便が流れ出す。
武之進の、戌亥家の命が、すべて流れ出していく。
それらすべてを目におさめた黒虎が、最後の尻肉のひくつきに、己の逸物からの射精を許した。
びくびくと震える逸物とその大きな背中は、最後まで倒れることなく、威厳を持ったまま洞窟の奥を見つめている。
「この黒虎っ、ここに散るっ!
たとえ我らの死体が穢されようとも、我らの心までは奪われぬっ!
さらばっ、武之進様っ、源三朗様っ!
この黒虎っ、再びお二人のお側に仕うることを、来世に願うっ!」
武之進の命を奪った苦無が、黒虎の喉を真一文字に切り裂いた。
己の死には最大の苦痛を伴う選択を行った黒虎の真意は、すでに誰にも分からぬままである。
『忍びの者はどこにでもいるが、どこにもいない者なのです』
黒虎の、老いた忍びの言葉であった。
了