龍騎と竜人 仮の契り

その4

契り

 

契り

 

「アスモデウスとやらのことについて、少し不思議に思うことがあるのだが……」

「どういうことだ、リハルバ?」

 

 グリエラーンとリハルバが褥に籠もり、2日目が過ぎようとする頃か。

 そっと入り口に差し入れられた食料と水分を腹にした二人が、汁まみれの互いの肉体を軽く拭い、それでもなおその手は相手の肌をゆるゆるとまさぐりながら話をしている。

 情交だけでは無い、このような互いをより深く『知る』ための時間もまた、『契り』に臨むにあたっての重要な行いとされているのである。

 

「私はガズバーンの広間に入ろうとする一瞬だけ、奴らのあの『淫の気』とやらを味わった」

「ああ、そうだったな……」

 

 ガズバーンの現状を把握すべく、ダイラムと共に幾度もリハルバの話を聞いたグリエラーンである。

 そこでの邂逅を再び話に持ち出すリハルバは、その瞬間の自らの精神と肉体の反応を思い返しているものか。

 

「疑問というのは、そこだ。

 今、この天幕の中に満ち満ちている我ら二人の『精気』というか、互いの肉体と精神への欲情を促す『気』と、あれらが発するという『淫の気』と、何が違うのだろうか。

 もちろんあの瞬間、ラルフをも残して飛びすざった己の直感は信じているのだが、具体的なその違いが分からぬのだ。

 仮の話ではあるが、今もしここに我らと同族の者が立ち入れば、そのものもまた、強い発情と勃起、それゆえの烈しい射精への衝動に駆られるあろう。

 それと『あれ』の違いは、どこから来るものかと思ってな」

 

 天幕の中、ダイラムの張る結界の中に満ちる二人から発せられた『精気』とは、まさに男達の情欲と射精欲を引き出すものであった。

 その『気』の存在そのものは、天幕の『外』にてあれから幾度もの吐精をしているダイラムその人が証明している。

 

「私もダイラム先生からの受け売りで、きちんと分かってるとは言えないのだが……。

 先生の話を聞いた限りでは、いわゆる性欲や情欲を高める『気』そのものは、生命エネルギーの発露の一つであり、何ら不思議なものでも、避けうるべきものでも無いと聞く」

「それはその通りだと思う」

「ただ、あやつらの発する『淫の気』『淫気』には、それ以外のある要素が含まれているのだと教わった」

「その『ある要素』とはなんなんだ?」

 

 系統的に魔導について学んだ経験があるわけでは無く、一瞬の体感しか無いリハルバにとっては、当然の疑問だ。

 もっともグリエラーンの師であるダイラムであっても、ガズバーンの王宮でのあの瞬間しか実体験は無かったことではあるのだが。

 

「単純化すると、その『気』に『相手の意思を変えようとする思念』が、込められているのかどうか、ということらしい」

「相手の意思を変える、か……。確かに我らには無い概念のようだな」

「ああ、我らの文化では、同族異族問わずに、情交であれなんであれ、相手がいる場合の行動については、まずは『同意』を求めることが先に来る。

 そして何らかの行動を共にした後に、互いの意思や気持ちが変化することがあるのは当然のことだ」

「ああ、そうか……。あのときの私が警戒したのは、あの『淫の気』とやらが『こちらの考えを勝手に書き換えようと』したからだったのか……」

 

 頷きながら返すリハルバ。

 さらに続けるグリエラーンの瞳は、天幕の天井を見つめていた。

 

「そして、それが最悪の結果となるのは、その『書き換えられた意識』に何ら違和感を持たぬまま、記憶と感情の統合が、己の頭の中で行われてしまうことなのだ……」

 

 グリエラーンの言葉に滲む無念さに、リハルバもまた思いを寄せる。

 

「我々の種族であればまた違った思いにもなったのであろうが……。あのときのお父上、皇帝陛下とのことについては、本当につらい経験だったのだな、グリエル……」

 

 アスモデウスがグリエラーンの家族とダイラムが語る執務室に顕現した際、何らその行為に違和感なく『己から望んで』父の逸物を口にし、しゃぶり上げ、その精汁を胃の腑に収めたグリエラーンである。

 アスモデウスの『淫の気』から解放された後、『自らの望み』として行われたその『行為』こそが、グリエラーンの若き心を常に苛み、アスモデウスとその眷族への熱き気持ちの礎ともなっていたのであった。

 

「嫌なことを思い出させてしまって済まなかった、グリエル」

 

 わずかにグリエラーンの目の端に浮かんだ水滴に、その身体を抱き締めるリハルバ。

 抱き返すグリエルの肩が細かく、実に細かく震えていた。

 

「だからこそ、だからこそ、リハルバが我らと共に旅するために、この『契り』を提案してくれたときは、嬉しかったのだ。

 ああ、あのときのどうしようもない私の想いを、なんとか形として昇華するための行いに、やっと、本当にやっと、ほんの少しの手がかりが出来たのだと、嬉しかったのだ」

 

 会話の進みに、若き竜人の気持ちもさらに昂ぶってしまったのか、その滲んだ瞳からは大粒の涙が次々と流れ落ちていく。

 よりいっそう強くと相手を抱き締めるリハルバが、竜人の緋色の頬にそっと己の顔を寄せ、その流れ落ちる水滴を口にした。

 

「私も、私も、あなた達の話を聞いて、嬉しかった。

 ガスバーンでのあの力の差を感じたこと、それゆえのどうしようもない絶望の中、ラルフや一族のもの、気のいいノルマド達を取り戻すための、具体的な動きを示してくれた、グリエルの、ダイラム殿の、その言葉と行いに、私は、私は、心を打たれたのだ」

 

 きつく抱き締め合う二人。

 

「色々と、話せているようじゃな……」

 

 天幕の外のダイラムには細かな話が聞こえているわけでは無かったが、若者達の『情』と『意』の変化に、二人の間におけるより強い深まりを感じ取ったようだ。

 

 ……………………。

 …………………。

 …………。

 

 二人の『契り』が始まり、三日目が過ぎようとしていた。

 

「一日でよい、などと言った自分をどうすればいいのかな、私は」

 

 笑いながら言うリハルバを抱き締めるグリエラーン。

 緋色の竜人の体表と、明るい土色の龍騎の肌は、この三日間、常に触れ合い、絡み合ってきた。

 

「やはりラルフ達、ノルマドの毛皮とはまったく感触が違うものだな……」

「そこら辺りは私にはまだ分からぬことだが」

「ああ、そうだよな、グリエル。ラルフのあのフサフサとした体毛で、この鱗状の硬き肌が刺激される快感もまた、素晴らしいものだぞ」

「もっと、ラルフとの情交のことを、話してくれるか、リハルバ」

「ふふ、聞いてもっと興奮したいんだろう? グリエル?」

「……ああ、そうだ、リハルバ。私は二人のそれを聞いて、よりいっそう興奮したい。そして、その、ラルフとの再会をリハルバが成すことが出来たときには、その、3人で、これをしたい!」

「私もだ、グリエル。ラルフと、グリエルと、私と。3人で、3人で交わろう。ラルフは驚くかもしれないが、話せばきっと分かってくれる。そう言う繋がりは、作ってきたつもりだ」

 

 二人の意識の変化は、天幕の外にて若者達を文字通り『見守る』ダイラムにも伝わるようだ。

 

「ほほう……。この微妙な嫉妬と愛情、情欲の入り交じった感情はグリエラーン様のものか……。

 おそらくはラルフ殿のことを話題にしておるのだな……」

 

 長い人生経験を持つダイラムにとっては、ある程度予測していたことでもあったのだろう。

 その微苦笑が漏れる口吻の動きは、二人がそこまでの話が出来るようになったことへの喜びと賞賛を表している。

 

 天幕の中、汗と性臭にむせ返るほどの熱気の中での二人の会話は続いていく。

 

「ラルフとの情交では、彼の逸物を私のスリットに差し入れることは出来るし、それにより二人とも幾度のも吐精を叶えてきていた。

 ラルフの逸物が私のスリットを犯すときの、下腹部に当たるあの体毛の感触のなんと心地よかったことよ。

 そしてスロットに深く埋められたラルフの肉棒が、あいつがニヤリと笑うと、その根本がゆっくりと膨らみ始めるのだ」

 

「我らのような最初からの膨らみではなく、購入後にそこだけが膨らむというのか?」

 

 グリエラーンの驚きは、書物で知る知識と体験で知るそれとの大きな乖離を表すものか。

 

「ああ、そうなんだ……。ラルフ達はそれを『亀頭球』と言っていたが、その膨らみは私のスリットの中で、さらに大きく、さらに硬く瘤のようになり、それを今度はラルフがずいと押し込めば、次には抜き上げようとその腰を引こうとする。

 だがあまりの快感に緊張した私のスリットと、その瘤の太さ大きさがそれを許さず、亀頭先端の膨らみと根本の瘤が、私の『中』を縦横無尽に動き回るのだ」

 

「済まぬ、リハルバ。これは私の嫉妬心からの言葉かもしれぬが……。私も一日でも早く、ラルフとの情交を、と思ってしまうな……。」

「何を言う、グリエル。私もまた、グリエルを犯すラルフを、ラルフの尻肉を犯すグリエルを見たいんだ」

 

 抱き合いながらの興奮ゆえか、互いの唾液を飲み合いながらの激しい口接を行う二人。

 

「だがな、グリエル。

 ラルフとの情交は、それぞれの肉体の構造からして互いにスリットを犯し合うことは出来ぬゆえ、ダイラムとのそれとは違う形での交わりが多くなる」

 

 懐かしむかのように、思い出すかのように、語るリハルバ。

 

「我らには無い『尻穴』を使うという奴か」

「ああ、そうだ……。我らの肉腔のように元々からのその行為のための部位とは違うゆえ、最初は指と舌で外部からの挿入に『慣らす』ことから始めたのだ」

「ああ、そうか……。そのような行為のあることは『知って』はいたが、『分かって』はいなかったな、私は……」

 

 ガズバーンでの『教育』の成果と限界。

 

「最初は唾液と自分の潤滑体液をたっぷりとまぶした指先で、ラルフの尻穴を優しくほぐしていく。その後は舌先を使って、より『奧』まで、ぬめる潤滑体液を送り込んでいくのだ……」

「それもまた、心地よさそうではあるな」

「ああ、ここまででも、ラルフがあの声で、よがってくれるのだ。

 その声を聞くだけで、ラルフの逸物が勇ましくいななく様を見るだけで、私の逸物も早くそこへ『挿れたい』と、滾り勃ってしまう」

 

 もちろんこの時点でも、若き二人のそれは猛々しくも隆々たる姿を見せていたのではあるが。

 

「尻穴が十分にほぐれ、私の指の3本ほどが難なく呑み込めるようになれば、いよいよこの逸物を優しくそこにあてがうことになる」

「ああ、たまらぬな……。ラルフもリハルバも、たまらぬことだろう……」

「もちろん私の逸物から、スリットからの潤滑体液をじゅるじゅると流し込みながらだ。

 そしてゆっくり、ゆっくりと、逸物の先端を、ラルフの後口へと差し込んでいく……」

 

 ラルフの尻穴と見立てているのか、リハルバがグリエラーンのスリットへとその指を向ける。

 

「ああ、気持ちいいよ、リハルバ……。

 その、ラルフの『穴』は、リハルバのこの巨大なものを、すべて受け入れるというのか?

 体格そのものが、かなり違うものであろうし……?」

 

 族毎の身体構造の違いを理解しているがゆえの、グリエラーンの疑問だ。

 

「かつての、かつてのラルフも、同じ質問を私に問うてきたことがある……。

 そう、私のラルフは、我ら同族同士での交わりでは、この逸物の互いの受け入れが可能なのかと、同じことを尋ねてきたぞ。

 我らの肉腔も、ラルフのそこも、可塑性という意味ではかなりの能力がある。

 時間はかかったが、ラルフもまた、そう、ラルフも、私のすべてを受け入れてくれたのだ」

 

 答えるリハルバの声には、嗚咽が混じり始めていた。

 

「たまらぬな……。実に、実に、たまらぬな、リハルバ……」

 

 その光景を頭の中で思い描きながら、目の前の逞しき男に幾度も『たまらぬな』と声をかけるグリエラーンもまた、その瞳が潤んできている。

 

「ああ、そうなんだ……。

 ラルフとの情交は、その一つ一つが、本当に素晴らしかった。その一つ一つが、本当に心地よかった。その一つ一つが、驚くほどの、仰け反るほどの、悦楽に満ちていた。

 尻穴に挿れた私の逸物が動く度に、ラルフの声が上がるんだ。

 私はそれが嬉しくて、何度も何度も出し入れを繰り返し、何度も何度も我が逸物の先端を蠢かす。

 その度によがるラルフの逸物からは、とろとろと精汁が漏れ出し、雄叫びにも似た声を上げてくれるのだ……」

 

 言葉の最後は、涙と共に流れていく。

 今度はグリエラーンがその屈強な背中を折れんばかりにと、リハルバの肉体を抱き締めていく。

 

「助けだそう、ラルフを、皆を、我が父を、一族の者達のすべてを。

 我らの力を、いや、我らだけでない、この世界の皆の力を集めて、助けだそう」

「ありがとう、グリエル。ありがとう、ありがとう……」

 

 ドラガヌとノルマドの間で交わされる『契り』の儀式。

 

 それは三日三晩という時の中で、互いの肉体を、快楽を、熱情を、その心を、目の前の相手にすべてを見せ合い、晒し合い、理解し合うための『儀式』であった。

 それが十分に行われたと二人が確信できるまで、行為と会話は続いていく。

 

 そんな二人がようやく天幕の入り口から互いの精汁と体液、唾液にまみれた身体を表したのは、4日目の朝のことだったのだ。

 

「存分に交わり、存分に話しも出来たようですな」

 

 声をかけるダイラムがフードを纏い、その身を正していたのは、『契り』をやり終えた若い二人に対する敬意の表れであったか。

 

 ダイラムの言葉に、こっくりと頷く二人。

 互いを見つめ合うその目は、穏やかさと敬愛に満ちあふれたもの。

 

 足下の地面からは己の放った精汁の匂いが湧き上がり、天幕からは若者達の性臭が強く漂う中、ダイラムがその杖を掲げ二人の前に立つ。

 

「ここにドラガヌはリンバルの仔、リハルバと、ガズバーン帝国皇帝第2継承権保持者グリエラーンとの『契り』が成されたこと、帝国魔導団団長ダイラムが宣言する」

 

 本来、このような名乗りも宣言も必要ない『契り』のはずではあったが、ダイラム自身が数十度にもわたる吐精を果たしていることの照れ隠しでもあったのやもしれぬ。

 若い二人はそれを分かっているがゆえに、仰々しくも頭を下げる。

 

「このようなことを聞くのもおかしいことじゃとは思いますが、いかがでしたかな、『契り』は?」

 

 疲れと満足感に言葉が出ない二人に、ダイラムが穏やかに声をかける。

 その魔導の力で『視て』はいたものの、やはり感想を聞きたくなることは仕方があるまい。

 

「正直、ドラガヌの『契り』が、このように深きものだとは思っていなかったな。リハルバやドラガヌの方々には大変失礼ではあったが、その、ある意味『やりまくる』だけかと思っていたところもある」

 

 正直すぎるほどのグリエラーンの言葉ではあるが、おそらくはそのような話しも褥では済ませていたのだろう。

 リハルバが笑いながらも言葉を紡いでいく。

 

「まあ、他所から聞けばそのように思われるのも当たり前のところだろう。実際、何十回、いや、何百回か。二人でどれだけイッたかは、もう数え切れないぐらいだったしな」

「私達の交わりを視ながら、ダイラムもかなり興奮してくれたんだろう?」

「私めは、自分の回数はきちんと数えておりましたぞ。お二人が褥に籠もられてから、32回は噴き上げもうした」

 

 3人の笑い声が、木々の間に谺する。

 ひとしきりの笑いの後、リハルバが呟く。

 

「もう『仮』とは言えぬ二人の『契り』になったな……」

 

 それは、リハルバの持つ、ラルフへの、グリエラーンへのひたすらな『想い』が込められた言葉。

 

「なに、ラルフと私とリハルバと、3人でまた三日三晩やり続ければ、それこそが対等平等なこととなるのではないか、リハルバ?」

「グリエルは、まったく、なんてことを思い付くんだ……」

 

 まんざらでもない様子のリハルバ。

 グリエラーンの幼名を呼ぶリハルバを見るダイラムの瞳が、少しばかり潤んでいたようだ。

 

「特に必要なことでもないのだが、父には無事に『契り』をやり遂げたことを報告はしておきたい。褥を片付けて、村に戻ろう。そして『魔の森』へと向かったという、ノルマド達を追っていこう」

「ああ、だがその前に、水でも浴びぬとな。さすがにこの格好で、皆の前に行くのは失礼だろう」

 

 グリエラーンの返答に再び笑い合う3人の男達。

 

 その声は、大きな試練が待つであろう未来へと向かう、鬨の声でもあったのか。

 

 龍騎リハルバ。

 竜人グリエラーン。

 

 2人の若者が成し得た『仮の契り』、いや、リハルバの言葉によればそれはもう真の『契り』であったのだろう。

 その精神的な、肉体的な、もちろん濃厚な性的な意味合いにおいても、その『儀式』を終えた2人と、三日にわたってその行為をひたすらに守り続けた老魔導師。

 

 その3人は、リハルバが父、リンバルより教えられたノルマドの狼獣人の跡を追い、いざケンタウロス一族が暮らすという『魔の森』へと、自らの目的を定めたのであった。