賢馬人一族と新しき淫獣の出現

その5

ローの告白

 

ローの告白

 

 ローの強襲にて、なんとかアスモデウスの『顕現』した広場を離れることが出来たグリエラーンの一行である。

 

「いや、助かり申した。我らはガズバーンのダイラムとグリエラーンと申すもの。こちらはドラガヌのリハルバ殿です。して、あなたは……?」

「ああ、俺はあんた達が一緒にいた一族の族長、ベルクの息子、ローと言う」

「おお、ベルク殿に聞いてはおりましたが……。あの瞬間をよく見きっていただきました。それにしてもベルク殿や他の一族の方を助ける選択を、ロー殿は何故なさらなかったのですか?」

「ああ、一つは単純に同族の者を抱えて運ぶには、逃げる速度を落とさねばならなかったためだ。もう一つはここ数日あの広場を見ていて、あんた達の方が俺達よりも、その、なんというか、肉欲と性欲への引きづられが少ないように見えたんでな」

 

 おそらくは綿密な観測によるローの選択思考は、たとえ己の親であっても救出の対象外とするという、非常に合理性に富む、しかしながら感情的にはなかなか受け入れがたいものである。

 それでもグリエラーン達にとってはその選択が納得できるのか、馬人の説明に若い二人も頷いているようだった。

 

「あなたの選択は素晴らしいものだと思われますが、残されたケンタウロス達とノルマド達については、どのようにお考えかな?」

 

 ダイラムの問いは、これからのお互いの行動方針を決めるためのものでもある。

 

「あのなんだか分からん白黒の馬がいる限りは、いつまたうちの連中が同じようになるかは分からんのだろう?

 あのなんだかすげえ『気』を吹き飛ばしたのもあの馬なんだろうから、呼び寄せることも出来る可能性が高い。

 そういう意味であれへの『染まりようが薄い』と思ったあんたらと、まずは合流しようと思ったんだ」

 

 まさに『賢馬人』と言われるケンタウロス族ならではの思考法であったのだろう。

 その言葉に信頼が置けると見通したダイラムが、自分達のこれまでの短くも濃厚な、悍ましき体験とこれからはの思惑の説明を始めたのであった。

 

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 

「俺があんたらに手を伸ばしたのは、全体的に見ても正解だったようだな。

 そのバイコーンって奴は実体だから、まだこのあたりに潜んでる可能性は高い。そうなるとさっきの俺が言ったように、塒に帰るのはまだ待った方がいいってことになる」

「そのようですな……。あそこで感じた『淫の気』は、元々はおそらくワイバーンの体液による催淫と、アスモデウスの精神支配があの場で混じり合ったもの。

 催淫剤の方の『効き』は我らには薄いのですが、アスモデウスのそれに関しては、幾分かの魔導障壁があったとしても、自由に動けるほどには強固なものでは無い」

 

 グリエラーンやリハルバに、より強い魔導の力をとの訓練も、まだ出来ていないダイラムであった。

 ダイラムとわずかにそれを身に着けつつあるグリエラーンの力を合わせても、精神支配に抵抗力のある結界をなんとか複数人分、まとえるだけのものであったのだ。

 

「となると、やはりあんた達が言うように、魔導の力が強いものを集めながら、だんだんとこちらの『動ける範囲』を『広げて』いくことと、あいつらの『動ける範囲』を『狭めて』いくってのが、やはり近道になるのか……」

「今のところは、逆にそれぐらいしか望みを繋げることは叶わぬのでは、というほどのものではありますがな……」

 

「俺は俺でやはり親父達含めて一族のものが気にはなるんだが、あんた達はこのあと、具体的にはどうするつもりなんだ?」

 

 各地に足を運んで仲間を見出し、少しずつでも戦力の増強を、というダイラムの話を聞いた上でのローの質問である。

 それはまさに、次の手をどう打つのかという、短期目標と戦略についての問いであった。

 

「グリエラーン様には話したことですが、まずは魔導力についての我々個々人の力量を高めつつ、その力を駆使できる者達も集めていくことになるかと思っております。

 曲がりなりにも魔導団を結成している国々に対しては、よりその力の強化と組織化をお願いすることともなりましょう。

 元々、あなた方ケンタウロス族の森へと向かったのも、ノルマド達の件はありましたが、戦闘能力や魔導力、また踏破能力に長けるという話を聞いたことによる、協力関係を築くことが出来ないか、という思いもございました」

 

 はるかに時間のかかることではありますが、というダイラムの内心の伝わる話である。

 

「それはその、たとえば俺が、あんた達と今後の行動を共にする、ということを指しているんだよな?」

「まさにそれが、我々の期待と希望ではありますな」

「そうだよな……。親父達のところに帰っても、あのバイコーンって奴が戻ってきたら、また同じことが繰り返されちまう……。

 そうだよな、そう……。あんた達の話を聞けば、確かにそうなるだろうな……」

 

 少しばかり、遠い目をしているロー。

 

「お父上を、また一族の方々に直接の危険が迫っておる、というわけでは無いとは思うのですが……。

 それでも私達は、あなたに、あなた方ケンタウロス族の方々にも、ぜひアスモデウスとその眷族の脅威に立ち向かう仲間として、なんとか協力していただけないかとは考えておりまする……」

 

「ああ……、そうなるよな……。だが、今、俺の、俺達のこの『状態』だと、その、俺らはこの森を離れるわけには、ちといかんのだ……」

 

 逞しい馬体を揺らしながら、言いよどむロー。

 ローのそのぎこちない動きに目をやったダイラムが、下半身の3分の1ほどの長さにもなる、ケンタウロス族の長大な逸物に目をやった。

 

 後脚の付け根、たっぷりとした量感を湛えた陰茎鞘から伸びる逸物は、およそ80センチもの長さになろうか。

 普段は陰茎鞘の中に格納されているはずのそれは、既にその血流を増大させ、臨戦態勢と見紛うまでの怒張を成している。

 

「おお、勇ましいですな、ロー殿。ケンタウロス族の方々は普段から『こう』なのですかな?」

 

 スリット内でも常にその大きさを保つ生殖器を持つ竜人に取っては、特に不思議な光景とも思えなかったのだろう。

 ダイラムの尋ね方もあっけらかんとしたものだ。

 

「見苦しいものを見せて、済まん……。あれから、そう、ノルマド達との交情の後、この身の滾りが絶えぬのだ。

 もとより族内でもそれなりに『強い』方ではあったのだが……」

「生理現象を見苦しいなどとは思いませぬぞ、ロー殿。先ほども申したように、どうやらあれは、ノルマド達にも知らさずに行われたワイバーンによる、薬物による実験のせいのようでございますな」

 

 哺乳トーテムであるケンタウロス族と有鱗目をトーテムとするダイラム達とには、性的な興奮を含む生理現象については、いささか認識の違いがあるようだ。

 ダイラムの話が続く。

 

「おそらくは『淫の気』を我らのような魔導の力を持つものに気取られぬよう、意識支配に繋がる『それ』を抜き、催淫作用のみを強めた彼奴の体液をノルマド達の身に処したのでしょう。

 直接の情交では我らにもその影響が出るのは間違いのないところではありますが、もともとのトーテムが我ら竜人や龍騎よりもノルマドに近いロー殿等にとっては、その効力がより強く出ているものかと思われます」

 

「なにかその、これを『止める』もしくは『抑える』術は無いのであろうか?」

 

 ローとしても切実な願いであったのだろう。

 一族の中でも巨大さを誇るその逸物が、常に臨戦態勢にあるということは、日常の生活にも大きな影響を及ぼしてしまう。

 

「ノルマドに対して幾つかの魔導を試してみましたが、ほぼ効を成すこと叶いませんでした。

 先ほどのバイコーンによる『淫の気』の吹き払いについても、アスモデウスによる意識支配は消えたものの、ケンタウロス族とノルマド達の昂ぶりはそのままのように見え申した。

 おそらくは御身の代謝による『薄まり』を待つしか無いと判断はしておりますが、ここ数日の様子を聞くにつけ、それにはかなりの期間がかかるものかと思っております……」

 

「しばらくはこのままの状態で過ごさねばならぬ、ということか……」

 

 ローのその顔に浮かぶのは、猛々しくも勃ち上がった逸物とは正反対の表情であった。

 

「となれば、ますますあなた方の提案された各方面への根回しに、俺が参加するのは難しくなる」

 

 ローの言葉に顔を見合わせるグリエラーン達。

 もともとが衣類の概念が無く、性的な交情にも『秘め事』としての概念が無い、あるいは少ない竜人や龍騎の一族に取って、哺乳類をトーテムとするもの達の考え方は、知識としてのそれを知り得てはいても、咄嗟に心情を思いやることが出来ないのである。

 

「我々、ケンタウロス族が己を慰めようと、いや、この言い方では伝わらぬか。勃起した逸物から吐精させたい、そう、射精したい場合には、どのような手段を取るとお思いかな?」

 

「おお、そういうことでございましたか!」

 

 いち早く気付いたのはやはり人生と性的な経験の差か、ダイラムであった。

 

「ダイラム、どういうことだ? 私やリハルバにも分かるように説明してくれ」

 

 ダイラムが頷きつつも、ローへと問い掛ける。

 

「ロー殿……。あなた様御自身からの説明もしにくうございましょう。私からこの若き2人に説明してもよいものでございましょうか?」

「ああ、かたじけない……。ダイラム殿、お願いする。あなた方にはそのような感覚は無いようだが、我々にとってはそれこそが実に『恥ずかしい』ことなのだ」

 

 ローの許可を得たダイラムが、グリエラーンとリハルバへと向き直る。

 

「グリエラーン様、リハルバ殿。これはロー殿ら、ケンタウロス族の方々に取り、その面前で語ることはかなり『礼を失する』ものであることを、まずはお知りおき願いたい。

 その上で、お話しさせていただきましょう」

「ああ、ダイラム、ロー殿。謹んで伺うことにしよう」

 

 ダイラムが若き2人に語り出す。

 

「我ら人獣類中、野生に見られる動物をトーテムとする一族の体力や膂力、性欲、精力が、同じ二足歩行をするヒト族よりも遥かに『強い』ことはご存じですな」

 

 頷く2人。

 

「一日のうちに幾度もの吐精が当たり前の我らに取り、勃起した逸物からの射精は、私やかつてのグリエラーン様では誰か相手がいればそのものと、もしくは己の手で扱いて射精することは普通のこと。

 またリハルバ殿、これからのグリエラーン様においては『契り』の制約ゆえ、己の手、あるいは契り相手との交情によるものかとも思います」

 

 このあたりは、爬虫類をトーテムとする竜人や龍騎の生態について、ローにも共通認識を持たせるための内容でもあったのだろう。

 

「ロー殿などのケンタウロス族に取ってもおそらくはその場その場で『相手』がおれば、その欲望を解放することに躊躇いはそう無いものと思われますが……」

 

 ゆっくりと頷くロー。

 

「しかしながら、我らが己の手で扱き上げる行為を容易に出来る中、ロー殿達にとっては、それはおそらく簡便な方策とは言えますまい」

「あっ、そうか……。その体格体型であれば……。となると、ケンタウロス族のものにとっては、常に誰かが側におらぬと、己の昂ぶりを放埒することが出来ぬのか……」

 

 ダイラムの説明に、グリエラーンはその問題の内包する事実に気が付いたようである。

 ローの逸物へと伸びるグリエラーンの視線を追ったリハルバもまた、その表情から悟ったようだ。

 

「ああ、ロー殿らケンタウロス族の方々は、その、なんと言うか、『手が届かぬ』のだな……」

 

 再び頷くローである。

 

「ロー殿にお聞きしたいが、あなた方にとって己の逸物からの吐精については、他者の手や口による刺激、もしくは肛門、あるいは他族の排泄腔などを使っての行為でしか成立し得ない、と考えてもよろしいのですかな?」

 

 ダイラムがあえて『膣』等の雌性個体特有の用語を使わなかったのは、万が一種族禁忌に触れるのでは、という懸念を反映したものである。

 竜人や龍騎の一族にとっては、ごくごく普通の会話内容ではあるが、ダイラムの問いは、族の違うローにとって、かなりの『羞恥』が発生するものであった。

 しかし、それに答えることこそが、己の抱える問題について正確な形でグリエラーン達にも伝わるのだ、という確信が、ローの持つ『羞恥心』をも乗り越えさせていく。

 

「ああ、そうなのだ、ダイラム殿……。もっとも『それだけ』と言うのは正確では無く、我らの集落には1人での行為を可能とする、石や木材を加工した『吐精場(とせいば)』と言う場所が作られているし、まあ、その、なんとなれば、その、同族から後ろを犯されるだけでも、慣れている同士であれば、その、陰茎への刺激無くとも射精は可能になる……」

 

 実際、この森の奥深く、ケンタウロス達がよく訪れている洞窟にも、その『吐精場』は設けられていた。

 一度広場を離れたローは、そこで幾度もの吐精を果たし、少しばかり落ち着いたところで一族を監視する態勢へと臨んだのだ。

 

 交情の相手がおらぬもの、いてもタイミング的に合わなかったもの、純粋に1人での行為を楽しみたいものはそこを訪れ、深い『穴』の穿たれた『吐精壺(とせいこ)』に、勃ち上がった長大な逸物を差し込み、己の腰を動かすことで吐精へと到る。

 もっとも、その場に同時に訪れたものがいた際には、意気投合すれば互いの手や口、肛門を使った交情へと進むこともままあることではあるが。

 

「今の状態ではこの森のケンタウロス同士が交われば、よりいっそうこの滾りに薪を焼べることとなるのは間違いない。

 しかし、かと言って己の手で『処理』が出来ぬ俺が『吐精場』を離れては、日常の動作にも支障を来してしまうこととなる。

 あなた方をあの場から離す前、皆を監視しているときには俺自身で簡易的な吐精壺を作り何度もそれを利用して『処理』はしたのだが、これもまたかなり強固に固定できる場所が無いと、上手くいかぬのだ……。

 今の俺は、ここで話しているこの時間ですらも、もう堪えきれないほどの欲情に苛まれている。

 許されれば、なんとかしてここで今すぐにでも射精したい、それほどのものなのだ。

 そしてこれが、俺がこの地を離れられぬ、あなた方と同行出来ない大きな理由なのだ……」

 

 ローに取っては、かなりの思いきりを必要とする話であった。

 肉欲を解消する術を己で持てぬがゆえの、ケンタウロス族としての独特の矜恃に抵触する話であったのだ。

 

「………………」

 

 仮とはいえ『契り』を結びあったグリエラーンとリハルバには、どうにも答えようのない問いでもあり、我が身に返したときにもさもあらんと言う思いも持つゆえの沈黙である。

 もとより性欲精力が強いと言われる種族にあって、勃起したままの逸物を抱え吐精することが出来ぬとは、ある意味拷問にも等しい『責め苦』でもあった。

 

「ロー殿、グリエラーン様、リハルバ殿……。

 ロー殿の話を聞かせていただき、一つ、私から提案したいことがあるのでございますが……」

 

 口を切ったのはダイラムであった。

 

「何か策があるというのか、ダイラム?」

 

 グリエラーンの問いもまた、当たり前の疑問であったろう。

 

「もちろん、ロー殿の同意が一番の前提とはなるのですが……。

 このダイラムでよければ、ロー殿の吐精相手、交情相手として成り立ちませぬかな。

 いかがであろうか、ロー殿?」

 

「な、何を仰るのだ、ダイラム殿!

 あなた程の人が、私の吐精相手などと……!」

 

 少ししか話してはいないのだが、目の前の老魔導師がひとかどの人物であること、若いグリエラーンやリハルバから尊敬の念を集めていることは、ローもまた理解しているようだ。

 

 リハルバとローは、かなり驚いた様子であったが、グリエラーンにはそこまでのものではなかったようである。

 皇帝嫡子たるグリエラーンにあっては、幼少時よりの弟子として、あるいは一種の教育係としてのダイラムとの付き合いが長いがゆえに、そのような『提案』が為されることを、話の最初から見通していたようであった。

 

「ロー殿の懸案の解決とは、ロー殿が思うときに、思うがままに吐精が出来ること。

 我々の希望は、ロー殿に我らの旅路に同行して欲しいこと。

 既に『契り』を済ませているリハルバ殿とグリエラーン様にその『相手』が出来ぬことは明白。

 なんとなれば、この私がロー殿の『相手』となれば万事解決と言う、至極論理的、合理的な話だと思いますがな」

 

「いや、いや、それは、なんと言うか、その通りではあるのだが、その、恐れ多いというか、なんと言えばいいのか……」

 

 しどろもどろになるローではあるが、性的な関係をもともと『秘め事』として捉えることの少ないグリエラーン等に取っては、ダイラムの言う通りの『合理性』に富む話であった。

 

「昔からダイラムの大陸行脚の話も聞いてきているが、他族との性的な部分を含む肉体接触には、かなりの経験を踏んで来ておられると私は思っている。

 ロー殿、ぜひこのダイラムの提案に乗っていただければ、私も双方の望みが成立するかと判断するのだが……」

 

 戸惑うローに、グリエラーンが至って普通のことのように答えてしまう。

 性欲もまた食事や睡眠と同じ肉体欲求の一つであるとする竜人等の概念からすると、知識としての『羞恥』概念はあっても、不思議と感じることは致し方の無いことであろう。

 

「ロー殿、そちらの返答や如何に?」

 

 ローに詰め寄り、決断を迫るダイラム。

 

「その、いや、その……。

 ……、相分かった。謹んで、いや、と言うか、その、喜んでダイラム殿の提案を受け入れようとは思うのだが……。

 ただ、その、もう一つ、これは俺の個人的なことなんだが、その、ちょっとあってだな……」

 

「ロー殿の心配事は、まだあられるのか?

 勃起した陰茎については、少なくとも我らから見た場合には確かに長大なものではありますが、ある意味『そのようなものだ』としか思いませぬぞ……?」

 

「いや、そうでは無く……。その、ダイラム殿……。いや、グリエラーン殿にもか……」

「どうなされた、ロー殿?」

 

「いや、ダイラム殿のお申し出、実にありがたいのだが、お、俺は、その、ちょっと、その、ヤるときのことが、その……」

 

 今度は純粋な『恥ずかしさ』ゆえの、ローの口調のようである。

 ここまでの吐露を果たしたローに取り、さらなる『恥』の概念すら呼び覚ますものとはいかなることであるのか。

 ダイラムが、ゆっくりとローへと尋ね返す。

 

「ロー殿ら、ケンタウロス族の方々にとっては『恥と思われる』ことも多々あられるのかもしれぬが、この私が大陸の様々な地域を歩いてきた感覚から言えば、我ら竜人には性に関することの禁忌はほぼ無いと言ってよろしいのかとも思っておりまする。

 なにか気になられることがあられるのであれば、遠慮無く言っていただいていいのですぞ」

 

 それまで揺らいでいたローの視線が、再びダイラム等の顔へと戻ってきた。

 

「済まぬ、私の方が、かえって気を遣わせているのだな……。では、率直に言わせてもらうが……。俺は、いや、私は、その……」

 

 穏やかな笑みを浮かべ、ローの言葉を待つダイラム。

 

「俺は、その、性的な対象に対して、こ、今回の場合は、それがダイラム殿になるわけだが、その、なんというか、いわゆる、かなり、その……。そう、そうなんだ、俺は、性的に自分が感じるために、その相手に、かなり『暴力的』に、接してしまうのだ……」

 

 一瞬の間がありはしたが、ダイラムの目に揺らぎは無い。

 

「ロー殿……。

 もしもあなたが情交の際のいわゆる『暴力的』なる行動について、老体である私の身体のことを心配しておられるのであれば、そこまで気にされずともよろしかろうとは伝えておきますぞ。

 あなた方がどうかまでは私めも知らぬことではありますが、我ら竜人の肉体は、ヒト族や馬族、ノルマド達の狼人など、哺乳動物をトーテムとする族に比べれば、かなり頑丈に出来ておりまする。

 老いたとはいえ、我が身体にて、その巨体巨根を抱えるロー殿の欲求をすべて受け止める自信があるからこその、申し出でございますからな」

 

「あ、ありがとう、ダイラム殿……。

 その、お、俺は、その、なんと言うか、欲情するとかなり『乱暴』になってしまうのだ……。

 同族が相手であれば、まあ、体力などもある程度は拮抗するし、逆にそれを『喜ぶ』ものもいるのは確かなのだが……。

 その、おそらくは逸物の大きさなどもあなた方とはかなり違うであろうし、怪我をさせてしまわないかが、自分でも抑制が効かなくなることが、怖ろしいのだ。

 ましてやこのような外部からの要因にて強制的に欲情させられている今、あなたの身体に何をしでかしてしまうのか、じ、自分でも分からぬのだ……」

 

 顔を見合わせる一行。

 文化的側面での各種族において『恥』の概念の差は大きいのではあろうが、ローの言葉はそれを乗り越えてのものだろう。

 長い人生経験からローのそこに至った心情の動きも思いやりながら、ダイラムが答える。

 

「心配召されるな、ロー殿。

 肉体的な面から言っても我らの外皮はあなた方に傷付けることは難しく、またスリット内の空間は、たとえ平常時においても、もともとあなた方の言葉で言う『勃起』したままの我らの陰茎を格納しておるのです。

 それが私自身の興奮により外部に露出すれば、その空いた空間を含め、他者逸物の受入可能容積はかなりのものとなる。

 さすがに全長は厳しいやも、いや、いけるやも知れませぬが、かなりの業物でも交情は可能かと判断しておりますぞ。

 そしてこれが一番大事なことかも知れぬが

、ロー殿との情交の期待に、私自身の興奮も昂ぶっているとお伝えしておきましょう」

 

 まさに竜人の生理学の講義を受けているような、ダイラムの話であった。

 そしてまた、そのような伝え方こそが、生き様も肉体もまったく違うもの同士の繋がりには、正確さと安心を重ね得るということを、熟知しているダイラムなのである。

 

「……ダイラム殿、詳しい説明、いたみいる。

 それでは誠に申し訳ないが、ダイラム殿に俺の欲望を発散する相手として臨んでいただくことを、俺も希望する」

 

 ローの言葉もまた、慣用語を極力排し、文化的に歪められる可能性の高い『概念』への踏み込みをなるべく避けた物言いであった。

 

「なんとかまとまったようだな……。

 ロー殿、我ら竜人の一族とリハルバの龍騎の一族は、そのようなことには種族的に『慣れて』いることなのだが、あなた方の心情とはかなりそのあたりは違うことだと思うのだが……」

 

 グリエラーンが語尾を濁したことを、ローもまた気が付いたようだ。

 

「グリエラーン殿、ここまでの話をしてきているのだ。

 おれももう、あなた達の前で『恥ずかしがること』はなるべく止めようかと思う。

 何か考えてることがあれば、気を遣わなくていいので、言ってくれないか」

 

「うむ……。では、率直に言わせてもらおう。

 ロー殿とダイラムと、今ここで、そう、私とリハルバの前にて、まずはロー殿の昂ぶりをおさめる行為をされてみてはどうかと考えているのだ」

「そ、それは……。い、今、ここで、あなた方の目の前で、ということなのか? あなた方の目の前で、俺とダイラム殿が、その、交わるということなのか?」

 

 さすがにどのようなことも受け止める気でいたローも、驚いた様子を隠せない。

 ケンタウロス一族にあっての『個別の色事』とは、文化的な意味合いでのある程度の『秘め事』『他者の目には触れえぬ行為』という考え方が一般的であるのだ。

 もっとも集団が一斉にその行為に没頭するような『最初から他者の目を前提とした行為』についてその限りでは無いことは、広場でのノルマドとの交情でも明らかである。

 

「ああ、先ほどの話だと、もう堪えきれないほどの昂ぶりがロー殿の肉体を襲っているのであろう。

 その解消はもとより、こういうことは一度やっておけば、いわゆる『度胸がつく』というものでは無いかと思ってな……。

 もちろん、ロー殿とダイラムが昂ぶれば、私もリハルバも欲情しよう。

 ロー殿には、我らの交情も一度見ておいていただければ、今後の旅の過程においても互いに遠慮は要らなくなるであろうかとも思ってのことなのだ」

 

 グリエラーンの提案にリハルバも特に表情を変えることなく頷いているのは、異論が無いことの表れであろう。

 ダイラムに到っては、グリエラーンの提案そのものが嬉しかったようだ。

 

「おお、私めもグリエラーン様の提案には賛成ですな。

 ロー殿が『危ない』と思う行為にあっても、近くにこの2人がいれば、万が一のときにも対応出来ましょう。

 もっとも、そのような事態には陥らないだろうとは、私の読みではございますが……」

 

「やはり……、俺らとあなた方との色事に関する考え方は、まったく違うのだな。

 もし同じことを、俺らの一族の中で話したとしたら、おかしい奴だと思われるぞ……」

「族も違えば文化も違うもの。ロー殿の見聞が広がると考えていただければ、よろしいかと」

 

 ニコニコと相好を崩すダイラムの顔を見やるロー。

 少しばかり悩んだ末に、ついにその意を決したようだ。

 

「分かった。

 あなた方の目の前で、この俺、ケンタウロス族の族長が息子、ローの射精を披露しよう。

 ダイラム殿にはお付き合いいただき、誠に感謝する」

 

 きっぱりと言い放ったローの表情は、その流れる汗に情欲の昂ぶりが見られるものの、どこか吹っ切れたような心情を表していた。

 

「そうと決まれば……。ロー殿、どのような形、どのような体位であなたと向かえば良いのであろうか?」

 

 ダイラムが身に着けているローブを脱ぎ捨て、その裸身を晒す。

 と言っても、グリエラーンもリハルバも同じく裸体のままで動いていたわけであり、そのことでのローの動転は無いようであった。